兵庫県西宮市甲子園にある、スピリチュアルヒーリング・ヘアサロン witch's kitchen(ウィチズキッチン)
ヒーリングで内面から、ヘアーサロンで外見を、髪も心も軽くなる、不思議なサロンです。ネイルチップスタンドchesstan(チェスタン)のオフィシャルもこちらです!

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喜びのない笑顔


「何か面白いことないかなぁ…」って聞かれた。


客観的に見たら結構楽しくやってるのに、なんでそんなこと聞くのかな?と思って


「じゃあ、人と絡んでる時に爆笑してるのは何?どんな状態?」って聞いたら、


勝手に反応としてそうなるんだとか。


てっきりその人にとって「楽しい」って、人と絡む事だと思ってたんだけど、それとは全く違う事らしい。



「え?⁇? じゃあ何?楽しくないのに笑ってんの?」って聞いたら、

楽しいけど、面白くはないんだとか。


もう、衝撃だった。

そうか!楽しいと面白いは違うのか‼︎




で、

「どういう事を面白いって言ってるの?」って聞いてみたら

寝食忘れて夢中になれることが欲しいんだとか。





私は今まで、  楽しい   と   面白い   の区別をしたことがなかったんで、誰かと誰かが居て楽しそうに笑ってるのを目撃した場合、

てっきりみんな、ちゃんと面白がってるんだと思ってたんですよね。

でも、そうじゃなくて、暇つぶしの要素が多いらしい。



じゃあ、この人が面白いと楽しいをあえて分けているのは何で?って思って考えてみたら、


明らかに、   喜び    が足りないんですよね。


楽しいけど、そこに喜びがない。



今まで私は、  人が笑う時   って、喜び   を表現してる状態なんだと思ってたんですね。



例えば誰かが失敗して笑うっていうのも含めても、それは、その笑ってる人は人が失敗するのを喜んでるんだと思ってたんですよね。


とんだ見当違いだった?(^^;;



確かに、面白いって時に必ず笑ってるかといえばそうじゃなくて、どちらかというと、真剣な顔なんですよね。

そうか。好奇心が発動しないと面白くはないのか。



発見は、ただただ  喜びなんだ。

そして、喜びのない笑顔は、偽りなんだね。



結局やっぱり、何かに真剣に向き合う事でしか、幸せになれないのかもしれない。


とっても面白い気づきだった(´∀`)



2019-06-10 15:36:01

承認欲求から自己承認への切り替え時期


これからは、承認欲求が強いと、ますますしんどくなってしまう世界に入っている。



今までは面倒みたい人と面倒見てもらいたい人がお互い依存し合って成り立っていたんだけど、


面倒みたいタイプだった人も、いよいよ自分がヤバイことに気付き始めて人を助けてる場合じゃなくなってきている。


面倒見たいタイプっていうのは「こんなにしてやってるのに!」って怒ってたタイプですね。
これも、「誰かに必要とされたい願望」の依存ですね。




どっちの立場にしろ、自立をしない人は、トコトン苦しくなっちゃう世界なんですよね。


だから人を傷つける事件が、あっちこっちで発生する。これからもどんどんそういう事件が増えてくると言われている。



犯人になっちゃうような人は、とにかく誰かに気持ちをわかってもらいたい、超依存体質。



とにかくそういったことは自己否定感が強いことが原因なんで、とりあえずフラットになる位置まで自己肯定感を上げないと正常の心理状態には戻らない。


ただし、そのフラットな位置ってのがめっちゃ難しいんですよね。


何でかって言うと、


自己否定感がある人は、同じ程度の自己肯定感があって、もちろん逆も同じで、自己肯定感が強いと自己否定感も同じくらい強いってことなんです。




どういう事かというと、



自己否定感が強い人は、その思いが強ければ強いほど

「絶対自分が正しいんだ!みんな間違ってる!」って言いたくなっちゃうんですよね。

それが狂気の原因。



ある日突然キレまくる。過去の私もそうだった(笑)



そういう状態を世間では、振り子に例えられているんですよ。




自己肯定感と自己否定感の振り幅って、一定なんですよね。



しかも真ん中は一番速度が上がっててフラットな感覚を味わうことなく端から端まで行ったり来たり。



減速している場所では、感覚を認識出来ちゃうんで、だから極端に端と端しかないように感じてしまっている。






こないだ、「自己承認が大事」って話してたら、

「自己肯定感と自己承認って何が違うの?」って言う質問があったんだけど、



承認は、「。」って感じで、

肯定は、「!」って感じかな。


わかりにくい?(笑)





まさにその、「自己承認」って言うのが超重要で、

自己承認だけが、唯一、振り子を減速させられる要素なんですよね。





自己承認って言うのは、

自分をそのまま受け入れ、認めること。

承認欲求っていうのは

誰かに受け入れられて、認められること。




子供の頃にたくさん承認されていれば承認欲求を持つ可能性は少ないんだけど、世の中そうではなかったからね、今の世の中、子供のころ満たされなかった人達が、大人になってもなお、承認されたがっている。



ホントのところ、他人から承認されても自分で承認しても、どっちも振り子を徐々に減速させることは出来るんだけど、それを誰かに求めるのは、今後の世界ではとっても効率が悪いんです(笑)




始めに書いた通り、今、大抵の人は、みんな自分の面倒見るのが精一杯なんですよ。


しかもやっかいなことに、自分が承認してない状態で他人からの承認を得ても、もっと不安が大きくなるだけだったり。




要は、どっちにしろ自分で自分を受け入れるしかもう選択肢が残されてないんですよね。





そして、自己肯定感。それは、「絶対自分が正しい!」っていうやつです。

肯定感も否定感も、どっちにしろジャッジなんですよね。コレがそもそも依存体質の原因なんですよね。




肯定も否定も、もただの勘違いなんですけどね。それに気付けないと依存体質の振り子から一生抜け出せないどころか、どんどん速度が上がって、もう、グルングルン回っちゃうんじゃないかっていうところまで来ているんですよ。


多分その回転スイッチは2020年に入っちゃうんじゃないかな⁉︎  二極化ってヤツね。


回っちゃったら最後。自分を含め、一生世の中全員を否定しまくって生きなきゃいけなくなる。

それならいっそ、全員正しい!って方向に回しちゃったらいいんじゃないでしょうか(笑)





とにかく、自己否定感を持つ必要も全くなければ、変な自己肯定感を持つ必要もない。


ただただ、「みんなちがってみんないい」(by金子みすず) の精神で

何でもかんでも承認してたら、いつのまにかフラットを感じることが出来るようになってくるんじゃないかなぁと思うわけです(´∀`)





ただ、承認出来ない自分を感じてまた自己否定する無限ループ♾、ホント難しいんですけどね(笑)





ただただ、そんなダメダメな自分を一つ一つ、承認していけばいいんです。



肯定(それが正しい!)ではなくね。
否定(それは間違い!)でもなくね。

承認(そうなんだね。)程度にね。




そして、誰にも認められなくても、全く気にしない自分になれたら、マズローの言う、5大欲求段階の最終ステージに上がります。

とっても地道な作業ですけどねー(゚∀゚)。

いつか、地球人全員の振り子がちゃんと止まりますように…

アーメン(笑)



2019-06-07 15:22:01

リアルな自分


昔っから、

「アンタらしいわ」

って、何でか知らないけどずっと言われてきた。


逆に、私が誰かに「アンタらしいわ」って言った事ってほとんどないんじゃないかなー


記憶にない。


何でかって、ようやくわかったんだけど、

昔は全く、人のこと見れてなかった(^^;;



当然、「アンタらしい」なんて思えるわけなくて(笑)


自分らしく生きるっていう言葉の意味も、イマイチよく分からなくて、

「自分らしく」の「らしく」ってナニ?みたいな(笑)


もうね、自閉症っていう言葉作った人、ある意味天才ですね。


周りから見たら、自分を閉じちゃってる人。

そりゃそう見えるわなぁ^^;

っていうか本人からしたら、他人が何やってるかなんてどうでも良すぎて視界に入ってこないだけなんだけど、当事者はそんなこと当たり前だからイチイチ解説しないんで、もちろん誰にもわからない(^^;;


自分以外全部背景というか。

ぶっちゃけ背景もろくに見れてないもんだから、もうナニがなんだかサッパリ分からなくて

あえて何も見ないようにしてたんだと思う。


それを病んでると見なされてもしょうがないっちゃしょうがないんだけどね。


夢中になって好きな事して遊んでたら、気づいたら誰も居ないっていうのが日常茶飯事だったんで、

それはそれは結構困ったんだけど、他人が何やってるか観察するのって、それはそれで大変じゃなかったのかなぁ...

そもそもみんなは誰かをちゃんと見て行動してたの⁇?

それとも魚みたいに、一つの群れで一つの集団意識体として自然と行動出来てるから全く何とも思わなかったのかなぁ

そっちの方が謎すぎるわ。




とりあえずやっと今は頑張れば周りを見ることが出来るようになってきた。

でもやっぱり興味と言うよりは人間分析って感じかな。

今までろくに見てこなかった人が分析って言ったって、全部的外れなのかもしれないけど(笑)



まさに宇宙人ジョーンズ。


ただ、本当に自閉症(アスペ又は宇宙人)で良かったなと思うのは、自分らしくっていう意味がわからないくらい、いつも自分を生きて来たってことなんですよね。


何でわざわざ自分に「らしく」って付けてんだろーと思うわけです。

なんかとっても嘘っぽい。取ってつけた感じ。

多分、「らしいね」って、誰かに対して言う言葉なんだと思うんですよね。

それとも自分で「自分らしいね」って思っちゃうんだろうか。



てへっ(〃ω〃)  みたいな

少女漫画じゃあるまいし(笑)  




だからそれって、自分を生きてる人を見た時に、焦って言ってんじゃないかなぁと思っちゃうわけです。


私も  自分らしく!自分らしく!  って。


それって結局、誰かからの評価を意識してない⁇

でも、「あの人らしいね」って言う時は、ほとんどイヤミに使われてる気がするんだけどね(^^;;


やっぱり自分を生きて来た人は周りからあんまり良く思われてないと言うか、自己中に見えちゃうと言うか。

やっかまれるか、勝手にファンが付くか。

過剰に人を意識してる人から見たらあまりに不思議すぎて気になっちゃうらしい(^^;;




そういえば、郷ひろみが迷った時にこう考えるんだって。



「郷ひろみならどうする?」



マジか‼︎(°▽°)

何だそれ!



他の何かになろうとするなんて(*´Д`*)

無理してファン付けようとしたらね、こうなっちゃうんだろうね。

プライベートで誰かの期待に応えてる場合じゃないでしょ(笑)

親の期待に応えるとかもね。



「理想の自分になる」って過去の雑誌にはよく書かれてたけど、どっかやっぱり無理してて、もう誰もそんなこと言わなくなった。


「自分らしくありのまま」ってのも、らしくって言ってる時点でありのままじゃない気がする。

「女らしく」「男らしく」「母親らしく」「父親らしく」みたいな。

わざわざ「らしく」しなくていいでしょ(笑)

発想が逆なんだと思うんですよね。


「女性」はこうでないといけないっていう観念が先にあって

それに合わせた行動を「女性らしい」って言う。

「自分」はこうでないといけないっていう観念が先にあって

それに合わせた行動を「自分らしい」って言う。





多分そうではなくて、

あ、自分ってこういう時にこうなっちゃうんだぁ。そーなんだー。ふーん。



って、一つ一つ確認して行った後に、ただそこに「ある」のが「超リアルな自分」みたいな。



「ただの女」「ただの男」みたいに、

ただ「自分」のまま生きてたら、勝手に自分だったっていう、ただそれだけなのになぁと思う。


超リアルな自分見るのって、結構な恐怖だったりするもんね(^^;;


2019-05-22 08:18:01

自作自演


やっと世の中、生きやすかった人と生きにくかった人達が入れ替わってきてるのが実感レベルになってきた。

今までやっぱり、少数派の人達が妙な病名つけられてイロイロ肩身の狭い時代だったんだけど、

これからはそういう人達が世界を引っ張って行くと言われている。


もうこれは、かなり か〜なり 昔っから「ひっくり返るよ」って言う情報はあったんだけど、

いつなのー!まだなのー!待ちきれないよー‼︎って感じで、今まで何とか生きてました(^^;;

そういう人達はね。



なんかもう、やっとやっと、すんごい解放感。


こないだ、そういう子供さんを持つお母さんが来られた時に言ってたのが、

「今まで土台を作ってくれた人達に本当に感謝してる」って言ってた。


ちょうど私が生まれた1979年(今年40歳)から徐々に大量発生していく流れになってたみたいなんだけど、初期メンバー、本当に本当にお疲れ様でしたって感じですよねー。


わかる人には分かる。


今思えば、やっぱり産まれる時代を自分で選んで来てるんですよね。


振り返ったらホントにイロイロ自作自演だったなぁと思うわけです。


トコトン嫌な目に合うとかね、もう見事に自作自演 ^^;

どこ行ってもよく分からない攻撃に遭っちゃってたんですね。

例えば、嫉妬って何?とか、意地悪って何?とかってことを、

目の前にいる人達が見事に教えてくれるんですよね。

こういうことだよ‼︎ って感じなんですよね。


教えてあげるねっ  教えてもらうねって、産まれる前に契約しちゃってるらしいから、もうどうしょうもない。

だけど、「もう教えてもらう事は何も有りません、今までありがとうございました!」ってイチ抜けたしたら、本当に卒業出来ちゃうんですよね。

こっちはね。

相手には申し訳ないけど、

私は先のステージに進むねー!
じゃぁ バイバーイ( ^ω^ )って。



それ、勤めてた時も思いました。

「もう教えてもらう事は何も有りません、今までありがとうございましたー!」って。

言ってないけどね。心の中で心底思った。

急にイチ抜けたもんだから、勤め先のオーナー、めっちゃ泣いてました。


そっからはもう本当に感謝しかないんですよね。

あー。ホントに。あの時があって今がある。


次のステージでは何が起こるんだろー。

めっちゃワクワク(^^)



2019-05-21 22:50:01

二極化という現実


最近よく事故の話だったり地震の話だったり、世間話として耳に入ってくるんだけど、

そういう時にはいつも、「テレビもネットニュースも全く見てないんでソレ知らないんですよねー」とかって返すんだけど、

以前なら何で接客業なのにテレビも新聞も見てないの?って感じだったと思うんですよね。

でも最近はみんな普通に「こういう事があったみたいだよ」って教えてくれちゃう。

でも、私としては世間とは逆の情報の方に興味持っちゃってるもんだから、そういう話は全く興味なかったりするんですよね。



で、その世間とは逆の情報ってやつは、下手すると陰謀論みたいに聞こえるちゃうかもしれないんだけど、そういうネガティブなニュースは、見てはいけないと言うものなんです。

なんでかって言うと、不安を煽ってネガティブになっちゃった人達の「想念」が集まって集まって、ネガティブな現象を発生させることに繋がってしまっているんだとか。

想いは現実化する。

信じる信じないは別として、コレ聞いたことない人、さすがにもう居ないでしょ(笑)

そういう情報によると、天気の操作や地震すら意図的に起こせちゃうみたいなんで、だったら事故や事件なんてカンタンっちゃカンタンですよね。



じゃあ誰が何のためにテレビで流してんのさ!って話なんだけど、昔からある存在達が、そういうニュースを見た人達をネガティブ思考になるように意図的に仕向けてきたという事らしいんですよね。

「ある存在」って言うのが究極に胡散臭いでしょ(笑)



ある存在とかっていうのはぶっちゃけどーでも良いとして、私は「思考が現象化する」っていう意見はしっくりくるんで、何年も前からそういう情報の方に興味があるんだけど、

そういう事を言ってる人達のビジュアルが怪し過ぎて、まだまだ世間では「そんなことは有り得ない」ってことになっちゃうんですよね。



でもそもそも、見てる人に「何で見てるの?」って聞くと、話のネタなんだとか。

コワイね〜  コワイね〜

って言いたい(笑)


まぁ、ソレも分からなくはないけど。

実際もし不安が現実化しちゃう可能性があるなら、「見てるだけで加担している」ということなんで、やっぱり見ない方がいいと思うんだけどね。

それでも見たいなら被害が自分に降りかかっちゃってもしょうがないわけで。



で、「見てない」「興味ない」って言ってたら、

「現実から目を背いてたらあかんやん」って、ある方に言われたんですね。

それって面白いなぁと思ったわけです。


世間でどんなことが起こってようと、そもそも「自分の現実」に関係ないやん(笑)って話なんだけど、世間一般では、自分に関係ないことでも「現実」って言っちゃう。

果たして「他人の現実」を「自分の現実」にする必要があるのだろうか。


結局、コレが人間の二極化の仕組みだなと思うわけです。


楽しい人はどこまでも楽しい現実を生きてる。
(↑自分次第の世界 = 内側が現実を創る世界)

苦しい人はどこまでも苦しい現実を生きてる。
(↑他人次第の世界 = 外側が現実を創る世界)


どっちの現実を想像(創造&体験)していくかは、どっちを現実と捉えているかの違いだけなんですよね。


自分の現実は自分で創っていると思ってる人は、誰かの現実なんて、さほど重要ではないんです。

困ってる人を助けたくてネガティブ情報を見てるんなら「自分の現実」に入れちゃって良いけど、

関わる気のないネガティブ情報には意識を向けない方が身のためですね(^^)


2019-05-17 13:34:01

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